市民放射能測定所が新装オープンのご案内が届きましたので転載させていただきます。

市民放射能測定所が新装オープン
市民の手で生かせ「チェルノブイリの教訓」

「国や県がきちんとした健康管理をしてくれない中で、市民が自分で防衛しなければならなくなっている。本来は、『被ばく手帳』というようなものが市民に無料で配られるべきと思うが、実際には配られていない。自分を守るものとして手帳を持って記録し、測定していくことは意義のあること。たくさんの方が活用してくださればありがたい」。

 ついに来月、福島市内に、内部被ばくを測る「ホールボディカウンター(WBC)」まで備えた市民による放射能測定所が移転、拡充オープンすることになり、9月23日、現地で記者会見が開かれた。子どもたちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク代表で小児科医の山田真医師も出席し、その席上でこう語った。いよいよ福島では、市民がホールボディカウンターを管理して測定し、手帳による生活記録などにより、自己防衛を図るという状況に入っている。

「市民の情報交換の場に」と期待

 3.11以降、「内部被ばくが不安」という市民の声に応えて、7月中旬以降、市民スタッフやボランティアら地元の人らによる「CRMS 市民放射能測定所」(丸森あや理事長)が設立され、食品の放射能測定をしてきた。

 今回、地元の商店街やビルオーナーらの協力により、新しい場所に移転。「Days 放射能測定器支援基金」と「未来の福島こども基金」により約500万円のホールボディカウンターやその他の計測器の寄贈を受け、設備を拡充。今後、希望する市民を対象に、新たに内部被ばく測定も開始することになった。


10月から移転・拡充オープンする市民放射能測定所(福島市
 医療機関などでホールボディカウンターを備えた施設はあるが、民間の市民団体が独自に持つのは県内では初めて。同測定所によると「全国でも珍しいのでは」という。

 新しい測定所の場所は、かつて「スズラン通り」と呼ばれた福島駅の周辺商店街「パセオ470通り」にある旧・仲見世に、今年建設された物販と飲食の新しい複合ビル「パセナカMisse(みっせ)」。ビル内には、子どもたちが遊べる「キッズルーム」や、市民が交流できるスペースなども併設されている。訪れた市民や親子連れなどの交流と情報交換の拠点になることと、中心商店街全体の活性化の拠点となることが期待されている。

 今後、予定している主な活動は以下の通りだ。

[1] いす型のホールボディカウンターによる内部被ばく測定(1基)
[2] MaI検出器3基とゲルマニウム検出器による食品の放射能測定
[3] ブックセンター併設と本の執筆などによる情報提供
[4] 同測定所オリジナルの「生活手帳」出版と県民への無償配布
[5] 国内外の専門家を招いた研究会や講演会、勉強会の開催
[6] 子ども健康相談会の開催
[7] 海外の専門家を招いた国際会議開催
 ホールボディカウンターの利用については10月1日以降、ホームページから事前予約を受け付ける予定で、利用料は20歳未満が無料、20歳以上は実費(数千円程度)となる見通し。

 ホールボディカウンターの検出限界値は1キログラムあたり約300ベクレルで、測定時間は約3分。高めの数値が出た場合には、さらに時間を延長して測る。測定器が示した数値を利用者に知らせ、追加被ばく予防に取り組んでもらうのが狙い。

 今後は郡山、いわき、南相馬須賀川会津若松、二本松など各市でも食品を中心とした測定所の開設が予定されている。県は今回の原発事故後、移動式の車載のホールボディカウンターを整備しており、今後は、民間と行政、双方での内部被ばく測定が進む見通しだ。

既に生物学的半減期迎えた核種も

 ホールボディカウンターの測定結果については、事前に利用者が理解していなければならないことがある。

 それは、原発の爆発で外部に放出された核種によっては、既に生物学的半減期(体内に止まる期間)を迎えたものもあり、測定結果は過去も含めた内部被ばくすべてを示したものではないこと、測定には誤差があることなどだ。同測定所では今後、定期的な学習会や医師らによる健康相談会も開催して、市民に理解を深めてもらうことにしている。

測定チーフの岩田渉さんは、「チェルノブイリには現在も車載型のホールボディカウンターがあり、高汚染地域の子どもたちなどの測定に利用されている。今後も汚染された食品を食べれば、内部被ばくは増える。追加の内部被ばくを防ぐためにも、定期的に測定してほしい」という。

いす型ホールボディカウンター(右)について説明する岩田さん
 個人によって代謝が異なるため、測定サイクルは利用者の判断だが、放射性セシウムヨウ素の生物学的半減期(体内に止まる期間)を約80日から140日とすると、数値の変化をみるには2〜4カ月に1回程度の測定が必要ではないかという。特に子どもには継続的に測定してもらおうと、料金を無料にした。

 同測定所のスタッフの1人、丹治宏大さん(38)は、同市渡利でカフェギャラリーを両親と営んでいる。自家製の無農薬、有機野菜を使ったメニューを利用客に提供してきたが、原発事故のためメニューも制限せざるを得なくなった。最近になって両親が米沢市に畑を借り、ようやく野菜作りができるようになったという。妻と、小学校2年生、5年生の家族3人は現在、妻の実家の愛知県に避難している。

 「子どもたちがいつ福島に戻って来ていいのか分からない、食材も不安という中で、自分たちで測定して勉強していくことが大切で、良い機会と思って参加しました」という。そして、「今後、食品の測定と合わせて、数年間継続してホールボディカウンターの測定を続けることで、もっといろいろなことが分かってくるのでは」と話している。

福島も「市民科学者」の必要性

 「チェルノブイリ原発事故でドイツ政府は被ばく問題について沈黙し、被害を過小評価した。補償問題が絡むため、避難区域を小さくするなどの問題も起こっている。市民による調査と情報公開が何よりも必要。フクシマの市民放射能測定所の方々とも連携していきたい」


チェルノブイリ原発事故の教訓を語るヴァイガー氏(福島市で)
 市民放射能測定所の記者会見の3日前、約50万人の会員を誇るドイツ最大の環境市民団体「FoE、ドイツ」の代表、フーベルト・ヴァイガー氏は、福島市を訪れて市民向けに講演。その中でチェルノブイリ原発事故の教訓を語った。

 特にヴァイガー氏が強調したのは「市民による調査と情報公開」の重要性だ。「チェルノブイリ原発事故直後、ドイツ政府は『チェルノブイリから2000キロも離れており、私たちの国土に被害が及ぶことはない』との見解を発表した。IAEA国際原子力機関)の代表も事故後、『たいしたことはない、年に1回はこうした事故が起きても問題ない』とまで言っていた。しかし実際には、ミュンヘンなどドイツ南部が高濃度に汚染されていた。この汚染に関して当初、住民には全く知らされなかった」。

 事故前の1975年から、FoEドイツは原発問題だけでなく、海洋汚染や森林開発など、多様な環境問題に取り組んでおり、事故後直ちにドイツ政府に原発事故や放射能汚染に関する情報開示を求めた。しかし、なかなか情報は開示されなかった。とにかく内部被ばくを早急に防ごうと、自分たちで食品の放射能測定器を購入し、各地に拠点を作って計測を始めたという。

 国などの行政に先んじて、市民の手で地域を計測して汚染マップを作成するという「市民科学者」的な活動も展開し、広く情報を提供して注意を呼びかけた。その2年後、政府が汚染マップを公開したが、内容はFoEドイツが公表した汚染マップと同じだったことから、結果的にFoEドイツの独自測定の正しさを証明することになったという。

 市民科学者的な活動と同時に、独立した専門家とも連携して、独自に結果を公表していった。ゴメリに甲状腺センター、ミンスクに実験室をそれぞれ開設し、ミュンヘン大学放射線専門家レングフェルダー教授の研究を支援しながら、人道支援健康被害対策に取り組んだ。

チェルノブイリ原発事故後のドイツ国内の状況について、ヴァイガー氏が語ったのは次の4点。日本、そしてフクシマの現状とも重なる点が多いという。

[1] 政府が沈黙している。経済状況を健康被害防止よりも優先させる
[2] 政府等が被害を過小評価する傾向(被ばく基準の引き上げなど)
[3] 避難区域を狭く限定する傾向
[4] 母親が中心となって内部被ばく防止など市民活動に取り組んだ
 被害の過小評価や避難区域の限定などは「補償問題が絡んでいるため」で、母親が中心となって活動する共通点は「子どもの安全を守ろうという意識が強いため」だと語った。

多数の人の大きな犠牲を伴った教訓

 ヴァイガー氏は、こうしたチェルノブイリ後のドイツと現在のフクシマの共通点を指摘しながら、「チェルノブイリの教訓」をフクシマで生かしてほしいと訴えた。

チェルノブイリの教訓」とは、

[1] 子どもの被ばくを最小化する。まずは子どもと妊婦を汚染地域から出すか、短い期間だけでも福島を離れるということを積極的に進めてほしい
[2] 放射能に汚染されていない、安心できる食べ物を福島に供給する
[3] 避難区域のほか、子どもの遊び場、学校などの徹底除染を進める
[4] NGOと市民の参加によって実現する環境保護と省エネ、エネルギー効率、再生可能エネルギーを同時に進める
 チェルノブイリ原発事故では多数の市民が日常生活を奪われ、子どもたちががんになった。多数の人の大きな犠牲を伴った教訓は、再発防止も含めて十分に生かされなければならない。

 「私たちと同じような大変な出来事や苦しみを、他の地域の人たちには体験してほしくない」。福島の人に共通する思いだ。チェルノブイリの被災者も、同じ思いだろう。各地での市民放射能測定所の整備の動きは、25年間の重い「チェルノブイリの教訓」を福島で生かそうという市民の底力、「市民パワー」の表れではないだろうか。

 《日経ビジネス9月28日記事より転載》